Neurology 2025 May 13;104(9):e213555.
doi: 10.1212/WNL.0000000000213555.Epub 2025 Apr 9.
Association Between Alcohol Consumption, Cognitive Abilities, and Neuropathologic Changes: A Population-Based Autopsy Study
背景
この研究は、アルコール消費と認知機能および認知症関連の神経病理学的変化との関連を調査したものだ。WHO(世界保健機関)によると、アルコール消費は200以上の疾患や傷害の原因となっており、世界的な死亡原因の5.3%(年間約300万人)に寄与している。WHOは最近、安全なアルコール消費レベルは存在しないという声明を発表した。
1997年から2009年の間、低・中所得国(LMIC)では一人当たりのアルコール消費の年間成長率が2.8%だったのに対し、高所得国(HIC)では1.1%にとどまった。高所得国が公衆衛生と医療費削減のための政府規制によりアルコール消費を減少させる一方で、低・中所得国ではアルコール産業がこれらの市場に注力したことで消費率が増加している。
アルコール消費と認知機能障害・認知症との関連については研究結果が一致していない。一部の研究では中程度のアルコール消費は認知機能が良好であることと関連し、大量消費は認知機能低下と関連するという結果が出ている一方、関連が見られないとする研究もある。
方法
この研究はブラジルのサンパウロ大学医学部のBiobank for Aging Studies(BAS)から収集された剖検データを使用した横断的研究だ。2004年から2024年の間に収集された50歳以上の参加者1,781人のデータを分析した。
参加者のアルコール消費は以下のように分類された:
神経病理学的評価では、アルツハイマー病の病理(神経原線維変化、アミロイド沈着、神経原性プラーク)、レビー小体病理、TDP-43タンパク質、ラクナ梗塞、ヒアリン細動脈硬化症、脳アミロイドアンギオパチーなどを国際的な基準に従って評価した。
認知機能はClinical Dementia Rating Scale Sum of Boxes(CDR-SOB)を用いて評価し、脳質量比は脳重量を参加者の身長で割って計算した。
結果
研究対象の1,781人のうち、965人が非飲酒者、319人が中程度飲酒者、129人が大量飲酒者、368人が元大量飲酒者だった。平均年齢は74.9±12.5歳、平均教育年数は4.8±4.0年、49.6%が女性、64.1%が白人だった。
非飲酒者と比較して、中程度飲酒者(オッズ比[OR] 1.60、95%信頼区間[CI] 1.19-2.15、p = 0.001)、大量飲酒者(OR 2.33、95% CI 1.50-3.63、p < 0.001)、元大量飲酒者(OR 1.89、95% CI 1.41-2.54、p < 0.001)はヒアリン細動脈硬化症との関連があった。
大量飲酒者(OR 1.41、95% CI 1.10-2.30、p = 0.012)と元大量飲酒者(OR 1.31、95% CI 1.02-1.68、p = 0.029)のみが神経原線維変化と関連していた。
元大量飲酒者は脳質量比が低く(β -4.45、95% CI -8.55〜-0.35、p = 0.033)、認知機能が悪かった(β 1.31、95% CI 0.54-2.09、p < 0.001)。
アルコール消費と認知機能との関連はヒアリン細動脈硬化症によって完全に媒介されていた(β 0.13、95% CI 0.02-0.22、p = 0.012)。
※注意点
研究で使用されたアルコール消費量を日本のビールに換算してみます。研究では以下のように分類されていました:
1ドース = 14g のアルコール = 約350ml のビール
中程度飲酒者:週に最大7ドース(98g)= 週に最大2,450ml のビール
大量飲酒者:週に8ドース(112g)以上 = 週に2,800ml 以上のビール
日本の一般的なビール缶(350ml)に換算すると:
中程度飲酒者:週に最大7缶のビール
大量飲酒者:週に8缶以上のビール
日本の大びん(633ml)に換算すると:
中程度飲酒者:週に最大4本弱のビール
大量飲酒者:週に4.5本以上のビール
1日あたりに換算すると:
中程度飲酒者:1日平均で1缶(350ml)のビール
大量飲酒者:1日平均で1.1缶以上のビール
これを見ると、研究で「大量飲酒者」と分類される基準は、日本の飲酒量の感覚では意外と少なく感じるかもしれません。日本では「ビールを毎日1缶以上」飲む習慣がある方は、この研究の基準では「大量飲酒者」に分類される可能性があります。
この研究結果が示すように、このレベルの飲酒でも長期的には脳の血管に影響を与える可能性があることは注目に値します。
考察
ブラジル人1,781人の大規模で多様な研究サンプルにおいて、大量および元大量アルコール消費は神経原線維変化の存在確率が高く、中程度、大量、元大量アルコール消費はヒアリン細動脈硬化症と関連していた。元大量飲酒のみが脳質量の低下と認知機能の低下に関連していた。アルコール消費に関連する認知機能障害はヒアリン細動脈硬化症によって完全に媒介されていた。
研究結果によると、大量飲酒者は非飲酒者と比較して平均13年早く死亡しており、高血圧、脳卒中、神経病理学的病変の頻度が低かった。これは大量アルコール消費による低い平均寿命に関連するサバイバルバイアスによるものと仮説を立てている。また、外傷的な死因で亡くなった人々は別のサービスで剖検されるため研究に含まれておらず、大量飲酒者のサンプルが過小評価されている可能性がある。
ヒアリン細動脈硬化症は細動脈のヒアリン沈着と壁肥厚を特徴とする脳小血管疾患の一種だ。この研究では、中程度、大量、元大量アルコール消費は非飲酒者と比較してヒアリン細動脈硬化症の存在が増加することが分かった。
過去の研究と同様に、この研究ではアルコール消費とラクナ梗塞の分布や関連に有意な差は見られなかった。同様に、アルツハイマー病の文脈でより頻繁に見られる脳アミロイドアンギオパチーについても、アルコール消費とその頻度の間に有意な関連は見られなかった。
また、アルコール消費とレビー小体病の間にも有意な関連は見られず、これは以前の剖検研究と一致している。また、TDP-43病理とアルコール消費との間にも有意な差は見られなかった。
アルコールがアミロイドβ(Aβ)負荷に与える影響については議論がある。この研究結果と同様に、ある剖検研究ではアルコール消費とAβ負荷の間に関連が見られなかった。イメージング研究では、アルコール消費は脳内のAβ蓄積と関連していないことが示されたが、別の研究では、中程度の生涯アルコール摂取はAβ負荷の減少と関連し、大量の生涯アルコール摂取はAβ負荷との関連がなかった。
結論
大量および元大量アルコール消費は神経原線維変化の存在確率が高く、中程度、大量、元大量アルコール消費はヒアリン細動脈硬化症と関連していた。元大量飲酒は脳質量の低下と認知機能の低下に関連し、アルコール消費と認知機能の関連はヒアリン細動脈硬化症によって完全に媒介されていた。
一般市民向けのコメント
この研究は、アルコール消費が脳の健康に与える影響について重要な知見を提供してくれました。特に注目すべきは、中程度から大量のアルコール消費が脳の血管に影響を与え、それが認知機能の低下につながる可能性があるという点です。
研究の結果、元大量飲酒者だけでなく、中程度の飲酒者でさえも非飲酒者と比べて脳の小血管に異常(ヒアリン細動脈硬化症)が見られました。これは、「少量なら問題ない」という一般的な認識に疑問を投げかけるものです。
WHOが「安全なアルコール消費レベルはない」と発表していることも、この研究結果と一致しています。何らかの理由で大量飲酒を中止した人々に認知機能の低下が見られたことは、アルコールによる脳へのダメージが長期的かつ持続的である可能性を示唆しています。
この研究はブラジルで行われましたが、日本を含む世界各国のアルコール政策や個人の飲酒習慣に対して重要な示唆を与えるものです。アルコールは社会的な場で楽しまれることが多いですが、その健康リスクについて正しく理解することが大切です。
また、この研究は、脳の健康を守るためには、若いうちからの適切なアルコール消費習慣が重要であることを教えてくれます。一度損傷した脳の血管を元に戻すことは難しいかもしれませんが、今からでも飲酒習慣を見直すことで将来の認知機能低下リスクを減らせる可能性があります。
この研究には剖検データを使用したという強みがありますが、アルコール消費量の詳細な追跡や長期的な観察ができていないという限界もあります。今後、より詳細な縦断的研究が行われることで、アルコールと脳の健康の関係がさらに明確になることを期待します。
私たちは研究結果をもとに、自分の飲酒習慣を見直す機会にしてはいかがでしょうか。特に「休肝日」を設けることや、「一日の適量を守る」といった工夫が、長期的な脳の健康維持に役立つかもしれません。
また、この研究は医療専門家にとっても、患者さんへのアドバイスや健康教育の内容を見直す機会を提供しています。特に中年期以降の方々への健康指導では、アルコール消費が認知機能に与える影響についても触れることが重要かもしれません。
最後に、この研究は個人の飲酒習慣だけでなく、社会全体のアルコールに対する政策にも影響を与える可能性があります。公衆衛生の観点から、特に若年層へのアルコール教育や、適切な飲酒習慣の啓発活動が重要であることを再認識させてくれます。
健康的な生活習慣は、脳の健康を含む全身の健康の基盤です。この研究結果を参考に、バランスの取れた生活習慣を心がけていきましょう。