● 系外惑星 を探索する宇宙 望遠鏡 「CHEOPS」が観測したクワオアー
土星 といえば大きな輪っか。そんな輪っかが、 太陽系 の端を孤独に回る小さな天体にもあることがわかった。それも、ある宇宙 望遠鏡 の” 予想外 ”の活躍によって。
欧州 宇宙機関(ESA)は 2023年 2月8日 、宇宙 望遠鏡 「CHEOPS」などの観測によって、 太陽系 外縁天体「クワオアー」に環があることがわかったと発表した。
CHEOPSは、 太陽系 外にある惑星を観測することを目的として開発された宇宙 望遠鏡 で、それが 太陽系 内の小さな天体の環の発見にも使えたことは、科学者たちに 予想外 の喜びをもたらした。
それと同時に、クワオアーの環は、従来の考えでは存在するはずがなく、なぜ環が存在できるのかという新たな謎も浮かび上がった。
この研究をまとめた論文は、 2月8日 付けで『n atu re』に掲載された。
クワオアーを 系外惑星 望遠鏡 で観測
クワオアー(Quaoar、 小惑星 番号 500 00)は、 2002年 に発見された 太陽系 外縁天体で、 準惑星 の候補、つまり将来的に 準惑星 と分類される可能性がある天体である。
太陽系外惑星 天体、英語で Trans -Nept uni an Obje cts (TNO)は、 太陽系 の外側、 海王星 の公転軌道を超えたところにある天体の総称である。クワオアーは太陽と地球の距離のほぼ44倍の距離で太陽を回っており、「 ウェイ ウォット」と呼ばれる半径約 160 kmの小さな月(衛星)をもっている。
この 太陽系 外縁天体の中で最も大きな天体は 冥王星 と エリス で、直径およそ 110 0kmのクワオアーはこの中で7番目に大きいと考えられており、 冥王星 (直径およそ2400 km)と比較すると小さいものの、これまでの研究から、その表面は水やアンモニア、 メタン などの氷で覆われていることがわかっている。さらに、その氷の一部は、最近になって表面に供給された可能性があり、クワオアーには氷の火山などの活動が存在することが示唆されている。一方で、大気はほとんど存在しないことがわかっている。
このクワオアーに環があることを発見した「CHEOPS(ケオプス、キーオプス)」は、ESAなどが 2019年 に打ち上げた宇宙 望遠鏡 で、他の宇宙 望遠鏡 などによって発見された 系外惑星 を詳しく観測し、その惑星の サイズ を正確かつ精密に求めることを目的としている。
CHEOPSの観測結果と、すで にわか っている質量などの データ を組み合わせることで、その惑星の密度を求めることができ、そこから惑星の構造や組成なども特定できる。これにより、観測した 系外惑星 が木星のようなガス惑星なのか、地球のような岩石惑星なのか、また大気に包まれているのか、海に覆われているかといったことを調べ、 系外惑星 の形成と進化を研究することを目指している。
CHEOPSは、「トランジット法」という観測方法を使って 系外惑星 を調べる。トランジット法は、 望遠鏡 から見て、恒星の手前を 系外惑星 が横切る際に、恒星の明るさがわずかに変化する様子を捉えることで 系外惑星 を観測するというもので、従来の方法では難しかった小さな 系外惑星 でも発見できるばかりか、 系外惑星 の大きさや質量、密度をより正確に求めることもできる。また、背景にある恒星の光が、 系外惑星 の大気によって変化する様子を分析することで、その大気の組成などもわかる。
このトランジット法はその原理上、 系外惑星 と恒星、そして 望遠鏡 の間の位置合わせがきわめて正確でなければ観測が成立しない。かつてはそれだけの精度を出すことが難しく、最近まではいつ、どこで、ある 系外惑星 がある恒星の前を通過するのかを正確に予測することは困難だった。だが、ESAの位置 天文学 用の宇宙 望遠鏡 「 ガイア 」の活躍により、恒星の位置をきわめて正確に マッピング できたことから、トランジット法による観測がしやすくなりつつある。
CHEOPSによる 太陽系 外縁天体の観測
こうした中、 系外惑星 の観測にも使えるのなら、 太陽系 外縁天体の観測にもトランジット法が使えるのではという アイディア が生まれた。 太陽系 外縁天体は サイズ が小さく、地球からの距離がきわめて離れているため、 系外惑星 と同じく地球からの観測が難しい。そこで欧州研究会議による「 ラッキー ・ スター (Lucky Star)」 プロジェクト が立ち上がり、 2018年 からトランジット法による 太陽系 外縁天体の観測の試みが始まった。
当初は地上の 望遠鏡 を使って観測を行っていたものの、 2019年 にCHEOPSが打ち上げられたことを受け、観測に利用する案が浮上した。
CHEOPSと ラッキー ・ スター ・ プロジェクト の両方に関わる Isa b ella Pagano氏は「最初はCHEOPSが観測に使えるかどうか少し懐疑的でしたが、実現可能性を調査しました」と語る。
Pa gano氏らによると、実現にあたっていちばんの課題となったのは、地球の大気の影響によるCHEOPSの軌道の変化だった。CHEOPSのような地球のまわりを回る衛星は、地球の大気の上部にあるごくわずかな大気の抵抗により、軌道がわずかに変わる。大気は太陽活動によって膨らんだり縮んだりするため、軌道がいつ、どれくらい変化するのかを予測することは難しい。そしてトランジット法の原理上、衛星の位置がわずかでもずれると、観測が成立しなくなってしまうのである。実際、 チーム が初めての試みで 冥王星 を観測した際には、軌道の予想がやや外れ、観測が成立しなかった。
だが、2回目の試みでクワオアーを観測した際には予測が的中し、史上初となる宇宙からのトランジット法による 太陽系 外縁天体の観測が成功。その後も 2021年 まで観測が続けられた。
●クワオアーにあるはずのない環
クワオアーに環を発見
Pa gano氏は「得られたCHEOPSの データ は驚くべきS/N比でした」と語る。S/N比とは、検出された信号(Signal)が、 ノイズ (Noise 、雑音)に対してどれくらい強く現れているかという尺度で、CHEOPSの データ はクワオアーの信号を、 ノイズ よりも はるか に高く検出できていた。これはCHEOPSが 宇宙空間 にあり、地球の大気によって発生する ノイズ が存在しないからだという。
そしてCHEOPSは、クワオアーそのものがトランジットを起こす前後に、わずかに光が変化することを検出。それはクワオアーの周囲を回る軌道に、なんらかの物質が存在すること、すなわち環が存在することを示していた。
これが地球の 望遠鏡 であれば、環が存在することを示唆する信号が見つかっても、それが本当に環なのか、それとも大気の ノイズ なのかを判別することは難しい。だが、CHEOPSの信号の明快さが、クワオアーの環を克明に映し出すことに役立ったのである。
もっとも、地上の 望遠鏡 が役に立たなかったというわけではない。それまでに集められた地上からクワオアーを観測した データ もとても重要なもので、それとCHEOPSの データ を組み合わせることで、初めて 天文学 者は、クワオアーにたしかに環があるということを自信を持って言うことができたのである。
研究 を主導した、 ブラジル の リオデジャネイロ 連邦大学の Bruno Morgado氏は「CHEOPSの データ を、世界中の天文台や アマチュア 天文家からの データ と組み合わせました。これらの データ は、過去数年間にわたり、クワオアーがさまざまな恒星の前を通過していることが記録されています。それらをまとめると、クワオアーのまわりの軌道に物質が存在することを示す明るさの低下が見受けられました」と語る。
「私はそれを見たとき、思わず『オッケー、クワオアーのまわりに環があるようだ』と言ったのを覚えています」。
あるはずのない環
もっとも、天体に環があることはそれほど珍しいことではない。有名な土星にとどまらず、木星や 天王星 、 海王星 にもあり、さらに土星と 天王星 の間にある 小惑星 カリクロー、 太陽系 外縁天体の 準惑星 ハウメア などといった小さな天体にもあることがわかっている。
だが、クワオアーの環がこれらと大きく異なるのは、天体からの距離である。この環はクワオアーの半径の約7.5倍も離れた距離にあり、 天文学 者たちは「なぜ、この環の物質が合体して小さな月(衛星)にならないのか」という疑問に頭を悩ませている。
大きな重力場をもつ天体には、接近してくる天体が引き裂かれる、ある限界の距離がある。これを「ロシュ限界」という。土星やカリクロー、 ハウメア といった天体にある環は、それぞれの天体のロシュ限界内に存在すると予想されている。つまり環を構成している物質が集まって月になろうとしても、重力場によって引き裂かれてしまうため、破片が散らばった環として存在し続けることができる。
ところが、クワオアーの環の場合、クワオアーのロシュ限界よりも はるか に離れたところに存在している。従来の考えでは、ロシュ限界の外にある環は、わずか数十年という時間で合体し月になるとされており、クワオアーの環の存在はそれと真っ向から矛盾しているのである。
観測に参加したカ タニア 天体物理観測所の 天文学 者Gi ova nni Bruno は「私たちの観測の結果、密集した環は天体のロシュ限界内でのみ存続しうるという古くからの考えは、完全に修正する必要があります」と語る。
天文学 者たちは現時点で、クワオアーの極寒の温度が、氷の粒子が合体するのを防ぐ役割を果たしているため月にならないのではと考えているが、結論を出すにはさらなる観測や研究が必要だとしている。
研究 チーム がクワオアーの環の謎に挑む一方、 ラッキー ・ スター ・ プロジェクト はクワオアーや他の 太陽系 外縁天体のさらなる観測を進めるとしている。 チーム は「他にも環をもつ天体はたくさんあるかもしれません」と語る。
一方、環の発見と新たな謎をもたらしたCHEOPSは、 系外惑星 を観測するという本来の ミッション を続けている。これまでに、恒星にきわめて近い軌道を回る木星型惑星、通称ホット・ ジュピター のひとつWAS P-1 89bの詳細な観測のほか、恒星 TOI - 178 に6つの惑星があり、そのうち5つは共鳴軌道で ダンス をするように回っていることを発見するなどの成果を残している。観測 データ の収集、分析はこれからも続き、さらに 素晴らしい 成果がもたらされることになろう。
○ 参考文献
・ESA - ESA’s Cheops fi nds an u nex pected rin g aro und dwarf plane t Quaoar
・A den se rin g of the trans -Nept uni an object Quaoar outs ide its Roche limit | N atu re
・ Home - Lucky Star
鳥嶋真也 とりしましんや
著者 プロフィール 宇宙開発 評論家 、 宇宙開発 史家。宇宙作家 クラブ 会員。 宇宙開発 や 天文学 における最新 ニュース から歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞や テレビ 、 ラジオ での解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら
(鳥嶋真也)